人間が他人の表情を認知するときには、「快-不快」・「覚醒度」から構成される2次元の心理空間を利用していることが知られている。プロトタイプ表情はこの心理空間上に、時計回りで「喜び」-「悲しみ」-「嫌悪」-「怒り」-「恐怖」-「驚き」の円環状に配列される。また、プロトタイプ表情同士を合成したモーフィング表情はその合成元となるプロトタイプ間に配列される。一方、この円環は単純な円形ではなく、至る所が凸凹しているフラクタル構造であることも判明している。本年度の研究では、これらの性質を利用して、プロトタイプ表情で構成される円環、75%の感情強度を表出している表情で構成される円環、同50%で構成される円環、同25%で構成される円環を想定し、各円環におけるフラクタル次元を求めた。実験に際しては、各強度で構成される円環のプロトタイプ間をモーフィング処理して表情画像を作成し、被験者にいくつかの異なる分割条件のもとで感情強度評定実験を行わせた。得られた評定データを多次元尺度構成法で分析して各円環条件における表情間の総距離を求め、円環の分割数との関係からフラクタル次元を求めた。その結果、100%条件では1.45次元、75%条件でも1.45次元、50%条件では1.58次元、25%条件ではフラクタル次元は算出されなかった。これより、50%条件における表情認知構造は、100%や75%のそれよりも有意に複雑であることが判明した。次元の差が生じた理由については、50%条件の表情はより微妙で認識しにくく、より認識しやすい100%や75%条件の構造と比較して、表情認知構造を複雑化することによって、最大の反応効率を得ようとするためと考えられる。本研究の成果は、英語論文としてまとめられ、現在イギリスの専門誌Cognition and Emotion誌に投稿中である。
|