研究概要 |
脳内に貯蔵された記憶の再生・表出機構、すなわち、記憶再生を媒介する神経回路網やその動作原理には未解明な部分が多い。さらに、その神経回路の動作を修飾する神経修飾物質であるノルアドレナリン(NA)が、脳内のどの部位でどのように記憶再生機構を修飾するのかは明らかではない。先行研究において、カテコールアミン合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素(TH)をコードする遺伝子のヘテロ変異マウスにおいて味覚嫌悪学習(CTA)によって獲得された味覚記憶の長期保持に障害があることを示した(Kobayashi et al., 2000)。この記憶保持障害は記憶再生時に脳内NAを増加させるNA再吸収阻害剤(デシプラミン)を腹腔内投与することで改善することが示唆された(Yasoshima et al., 2002)。 本研究では、先行研究の結果に基づき、扁桃体に着目し、CTA記憶再生に対する扁桃体NA伝達系の役割について検討した。LiCl投与を無条件刺激として獲得させたCTAを試験する前に、無拘束・覚醒状態の変異マウスの扁桃体内に、アドレナリン受容体(AR)サブタイプ(α1、α2、β)のそれぞれの作動薬を脳内微量投与し、条件味刺激(CS)を呈示し、CSを摂取するか否かを測定することで記憶再生成績を評価した。対照である溶媒注入群の変異マウスに比べて、α1、α2、β型それぞれの作動薬を脳内投与された変異マウスは、野生型マウスと同程度の記憶再生成績に改善された。一方、野生型マウスの扁桃体に同様の薬物を投与すると、野生型マウスの記憶再生も促進されることが示唆された。これらの結果から、扁桃体NA系は、味覚嫌悪記憶の再生に対して促進作用があり、その作用には、α1、α2、β型の各ARが介在することが示唆された。現在、扁桃体NA系の起始核(青斑核、延髄孤束核)の機能がCTA再生に関与するか否かを検討している。
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