本研究の目的は、突然変異、高頻度組換え点、機会的遺伝的浮動、正の自然淘汰によって、連鎖不平衡ブロックが誕生するパラメタ条件(集団サイズ、突然変異率、組換え率、淘汰係数など)をコンピュータシミュレーションにより明らかにすることであった。また、マラリア抵抗性により正の自然淘汰が作用してきたと予想されている、ヘモグロビンβ遺伝子のHbE変異の近傍領域のゲノム多様性をタイ人集団において調べ、HbE変異がゲノム多様性および近傍領域の連鎖不平衡形成に与えた影響について解明するとともに、HbE変異が正の自然淘汰を受けてきた可能性やその変異の誕生時期についても考察した。連鎖不平衡ブロックが生成される過程を集団遺伝学的アプローチ(コンピュータシミュレーションを基礎にした理論解析と実在集団の多型解析の双方)によって研究し、(1)連鎖不平衡ブロックは機会的遺伝的浮動(偶然)によっても生成されうること、(2)ただし、アフリカ系集団、ヨーロッパ系集団、アジア系集団などの大きなレベルで異なる集団間で、偶然によく似た連鎖不平衡構造を共有する可能性は低く、そのような連鎖不平衡構造は、組換えホットスポットがその近傍に存在することが原因で生成されている可能性が高いこと、(3)組換えホットスポットの両側には連鎖不平衡ブロックが発生しやすく、ヘモグロビンβ鎖遺伝子(HBB)上流の組換えホットスポットには、実際に隣接して2つの強い連鎖不平衡ブロックが存在すること、(4)HBB上流の組換えホットスポットは、せいぜい365bpの長さしかもたないこと、(5)マラリア抵抗性を示すHBB変異(HbE変異)は、正の自然選択が原因でその他の変異よりも遠くの距離まで連鎖不平衡を示すこと、(6)HBB遺伝子座の組換えホットスポットにおける組換え頻度を指標にして、HbE変異はおよそ2000年程度前に誕生したことなどを明らかにした。
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