キジラミの共生細菌であるCarsonella ruddiiのゲノム解析を行った。C.ruddiiは、キジラミ体内で菌細胞と呼ばれる特殊な巨大宿主細胞内に存在しており、その難培養性のためゲノム配列決定の常法であるホールゲノムショットガン法に使用するショットガンライブラリーの作製に必要な量のゲノムDNAの調製が困難であった。今回、DNA増幅法の一つであるRCA法を用いて、C.ruddiiのゲノムDNAを増幅したが、出発材料として以下の二通りを用意した。(1)数十個体分の菌細胞を集め、ゲノムDNAを調製した。しかしながら、この量はショットガンライブラリーの作製に必要なDNA量1μgの100分の1程度で極微量である。(2)数個体分の菌細胞から直接RCA法によりゲノムDNAを増幅した。ホールゲノムショットガン法に従いゲノム配列の決定を試みた結果、出発材料として極微量の精製したゲノムDNA及び数個体分の菌細胞を用いた場合のどちらにおいてもC.ruddiiの全ゲノム配列を決定することに成功した。恐らく、RCA法により増幅したゲノムDNAを用いて全ゲノム配列の決定に成功したのは世界で初めてのことである。 C.ruddiiのゲノム配列長は約160kbpで、GC含量が約17%であり、これまで報告された細菌ゲノムの中で、最小のゲノムサイズ及び最低のGC含量を有するゲノムであった。C.ruddiiのゲノムは、解糖系やTCA回路など細菌が自立増殖するために必要な遺伝子を殆ど欠いていたが、必須アミノ酸の合成に関与する遺伝子の多くを保持しており、アブラムシの細胞内共生細菌ブフネラと同様の傾向を示した。しかしながら、ブフネラよりもゲノムサイズが遥かに小さいことから、C.ruddiiはブフネラよりも進化的に進んでおり、ミトコンドリアのようなオルガネラに近い存在に進化しつつあると考えられる。
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