ヒトの転座切断点に位置するATに富んだパリンドローム配列(PATRR)を用いて人工的な転座を起こす系を確立するため、1)その反応に必要な分子が体細胞に存在するか、2)PATRR配列が生体内で立体構造をとりうるのかの二点について研究を進めた。まずヒトの培養細胞にPATRR配列を含むプラスミドを二種類導入し、その間でDNA再構成(転座)が起こるかを確認した。PCRで特異的に増幅する系を用いたところ、高頻度でヒトの転座に類似する再構成反応を検出した。この再構成は切断点に相同性がほとんど見られないことから、二つのDSB間で非相同末端結合でつながったものと考えられた。このことから、PATRR配列を介した転座はヒトの体細胞にて効率よく再現されることが明らかになった。よって転座誘発系に必要な因子は体細胞にすべて含まれていると考えられ、遺伝子治療への応用に一歩近づくことができた。次にこの転座様再構成の原因を明らかにすべく、PATRR配列の立体構造との関連を調べた。プラスミド上のPATRR配列は通常の単離法では十字架型の立体構造をとる。そこで、通常よりも緩やかな条件でプラスミドを精製後、超らせんのねじれを酵素処理で除去した。これにより、PATRRは立体構造をとらなくなる。この状態のDNAを用いて先の実験をおこなったところ、DNA再構成の頻度が非常に減少した。このことはDNAの立体構造が再構成の原因であることを示している。ヒトのゲノム安定性はこのDNAの立体構造、いわゆる非B型DNAの形成と密接に関連していることは推定されていたが、直接の証明をされていなかった。今回のこの結果はその証明になり、非常に重要な成果である。以上二点の研究成果から、安全な遺伝子治療の実用化に向け一定の成果を得ることができたと考えている。今年度の成果は第11回国際人類遺伝学会、第56回アメリカ人類遺伝学会にて発表し、論文としてまとめた。
|