アルツハイマー病(AD)による死亡者は全世界で年間数百万人とも報告されており、その根治療法の確立は現代医学において解決すべき急務の課題である。ADの発症機構として提唱されているアミロイドβ(Aβ)仮説によれば、アスパラギン酸プロテアーゼであるγセクレターゼの機能を阻害しAβ産生を抑制するアプローチが、根治療法開発の一つの切り口である。米国EliLilly社が開発したγセクレターゼ阻害剤LY411575は、最も強力にAβ産生を阻害する低分子の一つである。 本研究ではLY411575の構造的特徴である中員環ラクタムに着目し、その効率的構築法を検討した。既存の方法、すなわちBeckmannあるいはSchmidt転位では中員環ラクタムを収率良く得ることは困難であったが、ω-azidopentafluorophenyl esterの分子内Staudinger-aza-Wittig反応を用いると、多種多様な中員環ラクタムを効率的に構築できることを見出した。本反応の機構は次のように推察した:ホスフィンとアジド基とのStaudinger反応により生じたイミノホスホランが直ちに活性化エステルと分子内aza-Wittig反応を起こして不安定なイミノエーテルを生成し、これが加水分解を受けてラクタムが生じる。つぎに、LY411575の構造改変体の合成とそのAβ産生阻害活性の評価を行った。その結果、種々の置換基を導入しても、活性の低下を引き起こさない化学修飾に適切な部位が明らかとなり、適当なリンカーを介してベンゾフェノンやフルオレセインを導入した光親和性標識化プローブや蛍光プローブの開発にも成功した。現在、合成プローブを用いた有機化学レベルにおけるγセクレターゼの機能解析を検討している。
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