本年度は、昨年度に引き続き、既存の調査データを用いて学会発表及び論文化の作業を進めた。韓国ソウル市内の大学で行われた国際女性学会(Women's World)において、パネル発表を行った。他に論文2本を投稿した。 研究者は既にスピリチュアリティを、(超越的な)他者との相互作用によってもたらされた気づきの体験によって自己変容を遂げていくことと定義しているが、水子供養に参加した女性の語りやテクストデータから中絶との関係で重要な他者として浮かび上がるのが、パートナーと胎児の存在である。この両者との相互作用から、中絶を経験した女性のスピリチュアリティを考察した。パートナーとの関係では、中絶は二人の関係性を客観的に見直す機会になっていることが読み取れた。その結果、別離がもたらされることもあるが、経済的な自立を目指したり、中絶に対して無関心な相手に対する批判から、倫理的な意識に目覚めたり、自律性を獲得することを目指したりと、女性の変化は様々であった。中絶が女性にもたらす心的変化を「貴重な経験」と表現する女性もいた。中絶した胎児との関係(胎児観)では、女性と胎児との親密さが伺えた。反対に水子の崇り言説はほとんど見られなかった。日常的に胎児との心的な交流を行っている女性もいた。その中で、胎児は、女性の人生をサポートしたり導いたりする役割を担っていた。生まれ変わりの観念(再生)も見られ、自己変容を遂げようとする女性のスピリチュアリティとの関係で重要であると考えられた。女性の語りやテクストに観察された胎児観は、母性の呪縛の強固さを示していると考えられ、それ自体、ジェンダー問題を孕んでいる。他方、このことを臨床との接点から見るなら、中絶のケアのみならず、先端医学研究における胎児試料提供のインフォームド・コンセント取得に関して、母性やスピリチュアリティが女性に与える影響を考慮した倫理規定が必要であることも示唆された。 次年度に向けて、新しい調査データの取得を行っており、産婦人科や保健所などを通して30代までの女性にアンケート調査票を配布し回収を進めている。3月末日に回収を締め切り、次年度以降このデータを用いて解析作業を進めていく予定である。
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