本研究は、イデオロギー批判の作業が依拠している規範的要因を個々の理論家の著作に即して明らかにするものである。平成16年度の研究課題は、アルチュセールやハーバーマスといった論者に即してその規範的要因を解明することであった。初年度ということもあり、文献収集や情報整理に時間が割かれた観があり、実際にはアルチュセールを取り上げるにとどまった。 アルチュセールはイデオロギーを疎外現象とは見なさず、むしろ人間を「イデオロギー的動物」と定義するため、アルチュセールにあってはイデオロギー分析における規範的なものの位置が不明確である。しかし以下の2点から、規範的に作用している固有の人間像の存在が予想できる。(1)アルチュセールはイデオロギーの不可避性を強調しているが、これはイデオロギーの存在を想定しない人間像に対する批判である以上、この批判は別の人間像を予想させる。(2)イデオロギーが作動する場面に即してアルチュセールのイデオロギー論を敷衍すると、イデオロギーと個人の独特の関係が明らかになり、そこから固有の人間像を取り出すことが出来ると予想される。 (1)、(2)に基づく読解から、以下のような結論を導いた。アルチュセールによれば、イデオロギーは社会の複雑性や透明性のゆえに存在するとされ、さらにその理想的あり方は社会の全構成員の利害を代理することである。しかし、このことは多様な個人の多様な利害を組み込んではじめて可能となる。つまり、イデオロギーの成立にとって異種混合性は不可欠の条件である。こうして、アルチュセールのイデオロギー論は、人間を透明性や均質性へと回収しようとするイデオロギーの隠蔽作用を拒むための理論として読み直すことができるのであり、そこには人間の差異性と複数性を重視する規範的要因が隠されているということが出来るのである。
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