1.上海博物館蔵戦国楚竹書『容成氏』訳注(上)(上海博楚簡研究会編『出土文献と秦楚文化』第二号、2005年11月、23〜216頁) 【概要】本稿は、馬承源主編『上海博物館蔵戦国楚竹書(二)』に収録されている『容成氏』の前半部分(第一号簡〜第三十四号簡及び第三十五号簡下段)を訳出し注釈を施したものである。『容成氏』には、上古の帝王の時代から殷周革命の時代までの、各王朝の興亡盛衰の歴史が描かれている。具体的には、(1)「〔尊〕盧氏・赫胥氏・高辛氏(?)・倉頡氏・軒轅氏・神農氏・渾沌氏・包羲氏」の八名の古帝王の時代(「容成氏」を含むと九名)、(2)「□□氏」の時代、(3)逸名の帝王の時代(竹簡の残欠や散逸のため帝王の名は未詳)、(4)「又呉脯」の時代、(5)「堯」の時代、(6)「舜」の時代、(7)「禹」の時代、(8)「啓」による王位簒奪事件、(9)「桀」の虐政、(10)「湯」の放伐、(11)「受」(=紂)の無道、(12)「文王」の補佐、(13)「武王」の放伐、の順である。(6)の舜の時代には、さらに舜の臣下として「禹・后稷・咎陶(=皋陶)・質」の四人の名が見え、(8)には王位継承をめぐって「咎陶・益・啓」の三人の名が見える。そこに実際記されているのは、『史記』に代表されるような三皇五帝伝説と大きく異なることは勿論、夏殷周三代に関する記述の部分も、共通点より相違点や未見の内容の方が目立つ。本訳注ではその内容を文脈にそって全二六章に分けたが、本稿はそのうち第一章から第十九章までを扱ったものである。本訳注で解明できなかった文字や語句はまだ多いが、『容成氏』を通して他の地域とは異なる楚の地域の独特の時間認識(歴史観)や空間認識(地理観念)、ひいては正統観の一端を垣間見ることは、十分可能になったと思われる。
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