16年度は京劇の発祥地である北京と大きな流れを形成した天津を実地調査した。調査は2004年夏季、2005年春季二回、計三回に分けて行った。取材対象は計画書に予定していた張春華氏、王鳴仲氏、羅喜韵氏などの外、京劇の研究家である劉曾〓氏、当代武生役を代表する俳優である高牧坤氏、董文華氏、京劇俳優・演出家である孫元意氏の諸氏にも取材することができた。第一回調査は、楊小楼、余叔岩、李少春の芸について重点的に調べ、特に20世紀初頭における京劇界の最高峰といわれる楊小楼の芸については、楊の芸を直に接していた劉曾〓氏より貴重な情報を提供してくれた。第二回調査は、北京における京劇の体系、武戯伝承をテーマに中心的に調べた。第三回調査は、天津の京劇に重点を置き、1930年代に天津で創立された京劇養成所である「稽古社」の演劇教育、その興行法、科班による芸の伝承、「西遊記」より翻案された京劇「安天会」の演出について調べた。 上記三回の調査を通して、実施計画のテーマとなるI民国期の京劇俳優養成システム、II民国期の京劇興行法、III舞台芸、それぞれ三つの部分について期待通りの調査成果があった。特筆すべきは劉曾〓氏が老生の「起覇」「雲手」、武生の「挑滑車」(楊少楼の演出)、高牧坤氏が「戦馬超」「長坂坂」「走麦城」「鉄籠山」、張春華氏が尚和玉の「金銭豹」、董文華氏が李少春、李万春の「安天会」の型を実演してくれたことである。 本年度は、本研究の目的である京劇舞台芸の記録作業が順調に進み、既に現行演出において伝承されていない京劇全盛期のいくつの演出を記録することができた。中では劉曾〓氏による楊小楼の芸の実演、京劇基礎鍛錬の口伝、張春華氏による尚和玉の芸の実演は特に貴重である。
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