本研究の目的は、プラハのマニエリスムにおける北方ルネサンス美術の受容について、当代の画家と古の画家との競合という観点から考察することにある。初年度にあたる本年度は、ヤン・ブリューゲル(父)における北方ルネサンス受容を中心に研究を行った。ヤン・ブリューゲル(父)はルドルフ二世の宮廷画家ではないものの、プラハ滞在中にデューラー素描に基づく油彩画を描くなどプラハにおける古の画家との競合に大きく関与しており、また、その風景表現において、当地の画家たちに多大なる影響を与えたことでも知られる。ヤンは16世紀末から17世紀初頭にかけて、ネーデルラントに伝統的な地獄絵を多数手がけており、本年度はそれらを様式上あるいは主題上の特徴やイタリアにおけるネーデルラントの風景画の受容などの観点から検証した。その結果、地獄絵の領域におけるヤンの初期ネーデルラント絵画受容はイタリアの美術愛好家の視線を強く意識したものであり、ただ単に過去の巨匠が得意とした絵画ジャンルを繰り返すのでなく、神話主題の導入や彫刻との競合など、当代の芸術動向を巧みに織り込んだものであったことが明らかとなった。こうしたヤンの試みは、彼がプラハにて描いたデューラー素描の翻案作品にも共通する特徴であり、プラハにおける北方ルネサンス受容を考察する上でも有効な視点を我々に与えてくれるものである。 上記に加えて、本年度はさらに、プラハのマニエリスムを代表する画家であるスプランゲルの作風形成についても引き続き検討を行った。その一環として、平成16年9月には、フォンテーヌブロー宮のフレスコ画装飾を実見し、また、平成17年3月には、スプランゲルの作風形成に多大なる影響を与えたツッカロらの作品を実見調査する予定である。デューラーやレオンハルト・ベックらドイツ・ルネサンスの画家とスプランゲルの競合については、来年度の主要課題とする考えである。
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