平成16年度は、1609年のいわゆる「島津入り」(薩摩の琉球王国侵攻)に関する初期の言説である『喜安日記』について主に研究を進めた。特に、このテクストにおける『平家物語』の引用のあり方、異なった文脈に移植されることによって生まれる多義的な叙述効果のあり方について、各方面から検討し、そのような叙述方法と、作者とされる堺出身の喜安入道蕃元の、多重所属的な生き方との間の類縁性について考察した。上述の考察は、2005年度末刊行予定の論文集に、「多重所属者と『平家物語』」というタイトルで掲載を予定している。15-17世紀、いわゆる大航海時代の東・東南アジアにおける日本人移住者や華僑の文化的位相を究明し、同時代の文化総体の中に位置づけることは、国文学の枠組みを超えて東アジア比較文学・文化史への学問的展望を開くに当たり、重要な役割を果たしうるものと思われる。 また、この『喜安日記』を含む、14-19世紀の琉球史をめぐる中国・日本および琉球王国自身の言説とその変遷(明・清から琉球に派遣された冊封使の記録や、『琉球うみすずめ』、『椿説弓張月』、琉球使節の「江戸上り」に関する江戸人の言説等を含む)について考察し、韓国・成均館大学校の紀要『人文科学』に掲載した。また、琉球王国の代表的「正史」であるところの『中山世鑑』、『中山世譜』、『球陽』諸本の叙述スタイルを検討し、主にそれらの「日本」観、奄美・宮古・八重山・台湾等の諸地域に対する眼差しのあり方について考察した。 さらに、17世紀の東アジア海域世界の「英雄」鄭成功に関する台湾・「日本」等における諸白説を調査・収集し、それらの中における琉球をめぐる表象について探査・検討を開始している。
|