今年度の実績は、以下の3点に分けられる。 1.1894年頃から1912年頃に発行された、国語科教科書、作文教科書、文芸雑誌および中学生・女学生向けの学習雑誌の投稿欄における文章のジャンル・主題・文体等に関する資料を収集し、購入できないものについては、東京大学近代日本法政史料センター(明治新聞雑誌文庫)、国立教育政策研究所教育図書館、国会図書館等で調査をおこなった。 2.明治期の文章観と、夏目漱石の18世紀イギリス文学研究、とりわけAlexander Popeに関する研究との関連について、東北大学附属図書館漱石文庫等で調査を行い、「夏目漱石『文学評論』における分裂と可能性-ポープ研究と明治期の文章観」と題して、2004年6月に東洋大学で開催された日本比較文学会全国大会において発表した。ポープの詩語がギリシャ古典文学に関する18世紀イギリス人の教養の上に成り立っている事態を、漱石は、言文一致体に統一される以前の日本の文章との類比で理解している。その理解の仕方には様々な矛盾がみられるが、それと同時に、当時支配的であった社会進化論に基づく文化観を、言語の性質への洞察によって相対化する契機もはらんでいた。 3.日露戦争後に書かれた夏目漱石『門』を題材に、文化的な連想の編み目の上に成り立っていた古典的な文体が、語から連想を剥ぎ取ることを目指した言文一致体に変化していくという事態が、小説の主題の変容においていかなる意味を持ったのかという問題を、『門』において女性の身体や植民地がどのように表象されているかという観点から探り、「失われゆく避難所-『門』における女・植民地・文体」と題して発表した。
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