本年度は、前年度に行ったヴァレリーの散文詩の分析、及び、現象学がとらえようとした「外界と自我の関わり」の考察、という研究成果をふまえ、ヴァレリーの散文詩と現象学との類似を明らかにした。ヴァレリーの散文詩に現れる主体は、身体を持つことで「深み」を持つ世界に溶け込み、主体と客体は役割を自由に交代するようになる。この性質をさらに深く分析するため、特に、カイエに書き込まれた自我と外界に関するテクストを取り上げ、ヴァレリーの「私」が持つ性質の持つ二つの性質、すなわち、世界から身を引いた超越的主体としての性質と、世界と絡まりあっていく経験的主体としての性質を明らかにした。ヴァレリーの思想で重要なことは、フッサール、メルロ・ポンティと同様に、デカルト以来の「考える我」から「身体を持つ我」に基盤を移し、そこから世界と私の関わりを新たに考察しようとしたことである。この転換により、「私」は他者の眼差しによって捉えられることになる。ヴァレリーの中心テーマであった自己認識があくまでも自分の意識でなされるのに対し、まなざしにおいては他者が「私」を作り上げる。申請者はこの点に注目することで、他者との関わりによって作り上げられる「私」が、ヴァレリーの思想の中で重要な役割を持つことを明らかにした。このような「私」の性質は、メルロ・ポンティが幾度も言及した「事物から見られる私」に通じるものがある。申請者は、この点をメルロ・ポンティのテクストから取り上げて分析することで、ヴァレリーとメルロ・ポンティの類似点を挙げ、ヴァレリーの持つ思想の新しさを示した。
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