日露戦争に関係する文献および展覧会カタログを内外の書店から広く購入し、貴重な文献に関してはロンドンのブリティッシュ・ライブラリーで調査を行い、多くの知見を得ることが出来た。その成果として5本の論文(邦文4本・英文1本)を発表した。 第一に、「ジャック・ロンドンと日露戦争」では、日露戦争の従軍記者であった作家ジャック・ロンドンをとりあげ、日本のプロパガンダ、たとえば新渡戸の『武士道』などが逆用されて、むしろ黄禍論が醸成されていった過程を分析した。その際にジャック・ロンドンにおいては、日本をゲイシャや茶屋の国といったジャポニスム幻想のまま矮小化したいという欲望と、その黄禍論が表裏一体であることを指摘した。 第二に、「Japanese Tea Party」では、そうしたジャポニスムの産物であるオペレッタ『ゲイシャ』(1896)の分析と上演の歴史を論じた。ヴィクトリア朝の規範と欲望を破綻なく充足させる地として日本を描きあげた『ゲイシャ』が、日露戦争を機に上演されなくなっていったことを指摘し、そこに日本人自身が英語で異論の声をあげていった現象との平行関係がみられることを示唆した。 第三に、「Lang-Tung The Decline and Fall of the British Empire(1881)の復刻及び解題」では、東洋人による英国への異論という形式で書かれた貴重な資料を発掘・復刻し、詳細な注と解説を加えた。こうした18世紀以来の風刺の伝統が、日露戦争における日本の宣伝活動とどのように連続し、あるいは分断しているかを論じた。 第四に、「アール・デコ展覧会評」では、日露戦争以降、世界の一体化が加速し、ジャポニスムという流行自体を終焉に導いた結果、非西洋美術の一様式として変容していったことを指摘した。 第五に、「地雷に囲まれながら一山あてること」では、こうした東洋人による英語での言論活動の延長上に、今日のポストコロニアルと総称される小説があることを概説し、その歴史的意味を明らかにした。
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