前年度に引き続き、台湾大学図書館・国家図書館等において1950年代初頭より1960年代まで曽今可を中心に展開された台湾における旧詩詩壇形成の演変を辿るという調査を継続した。愛国を主たる内容とする旧詩により民族意識の高揚が図られるという点は昨年度の報告書に記述した通りであるが、今回の調査では、1950年代の文芸誌編纂という曽の活躍にもかかわらず、曽自身の詩業は1948年に自費出版という形で上梓された『乱世吟草』に集大成されたという見方を強めた。上記については未見資料を補充した上で速やかに論文に取りまとめることとしたい。また曽が1964年以降台南の鯤南詩苑月刊社の社長を兼務し、『鯤南詩苑』を通じて台湾中南部に起こった旧詩の流れが台北のそれと呼応しつつ発展したという展望を得たことから、今後の研究についての方向性を見出すことができた。 さらに上海図書館における資料調査を実施し、上記詩壇形成の流れと日中戦争中に大陸で行われた旧詩の活動とを関連づける手掛かりの有無を調査した。すなわち『詩経』『衛星』『越風』『国命旬刊』『詞学季刊』『民族詩壇』等1930年代から40年代にかけて各地で刊行された詩詞に関わる同人誌に可能な限り網羅的に当たるという方法を取ったのだが、これらはいずれも地元の愛好者による単独の活動であるに止まり、相互に連携を取りつつ有機的に結びつくという運動を形成しているとは認められなかった。しかしながらこれらの雑誌には愛国詩が多数収録されていることから、旧詩というスタイルが抗日戦争と結びつき、民族の自尊心を歌い上げる内容を伴うという現象は、比較的普遍性をもった現象であるという心証を強くする結果になった。
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