本研究では、主に、ソ連邦解体後、すなわち1990年代以降のロシア文学における日本人表象について検証する。この時期の文学テクストには、ペレストロイカ期以前より存在し機能し続けてきた従来型の日本人モデルに回収できない、様々なヴァリアント(変種・異型)が出現している。日本人表象を収集・分析することにより、その変容を明確にすると共に、なぜそうした変化が生じたのか、その背景を問題化する。そして、異文化が現代ロシア社会でどのように認識・解釈され<異質性>が形象化されるのか、その一例として日本人表象を取り上げ、ソ連邦解体以前との差異を明らかにすること、これが本研究の目的である。 本年度は、日本人表象のモデルを考察するにあたり、1990年代以前のテクストに典型的にあらわれる日本人表象の再検討を行った。また、20世紀末〜21世紀初の日本人表象が確認されるロシア文学テクストを洗い出し、調査を中心とした基礎的な作業に取り組んだ。現代人気推理小説家ポリス・アクーニンのいくつかのテクストを調査した結果、それがいずれも日本人表象のあらわれるテクストのパロディ化であることから、典型的な日本人像が生み出される母胎となった代表的なテクスト、例えばイヴァン・ゴンチャローフ『フレガート艦「パラルダ」号』やボリス・ピリニャーク『日本の太陽の根』、フセヴォロド・オフチニコフ『桜と樫』などを検証しつつ、日本人表象のモデル「サムライ」「ゲイシャ」に関する考察を試みた。 また、最近ロシアで最も読まれている作家の一人である村上春樹の作品が果たした役割も大きいと考えられ、ロシアにおける日本文学翻訳・研究状況の調査にも取り組んだ。ムラカミがどのような形で昨今のモスクワの「日本ブーム」に消費され、それが文学テクストに導入されているのかにも調査の範囲を広げ、今日のテクストにあらわれる日本人表象の間接的要因の探査も試みた。
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