本研究は、口語アラビア語の研究および教育に利用できるテキストコーパスを試作し、その活用法の一例として、研究代表者の従来の研究テーマである動詞意味論分析に応用することを目的としている。本年度は、できる限り多くの口語アラビア語の資料を収集・蓄積することを目標とした上で、その中からコーパスとしてふさわしい資料を選定し、実際に文字化する作業を行った。言語資料の収集に際しては、所属機関設置の衛星放送受信システムを利用して各アラブ諸国の口語アラビア語による番組を録画したり、市販の映画ビデオ・DVDを購入するなど、多種類の言語資料の収集に努めた。またエジプト(カイロ)および連合王国(ロンドン)への海外調査(9月13日-27日)では、口語アラビア語で書かれた文学作品や写本資料の調査にあたり、あわせて文献資料と映像資料の収集も行った。これらの資料を検討した結果、まずはエジプトの代表的リアリズム小説を原作とする3本の映画スクリプトを試験的にコーパス化することに決め、すでにアラビア文字表記による文字起こし作業が完了している。本年度の研究成果としては、二つの論考がまとめられた。一つは文芸言語としての口語アラビア語の歴史的概観、もう一つはカイロ方言の能動分詞がもつ多様な動詞的機能(主にテンス・アスペクト的意味)に関する統一的説明の試みである。いずれも、来年度に予定しているコーパスを利用した口語アラビア語研究の基礎的研究として位置づけられる。他にも、(特に非ラテン文字による)自然言語処理に関するシンポジウムやワークショップへの参加を通じて有益な知見を得たことを生かし、来年度は、複数の用途に供するためのコーパスの形式や、大量のコーパスを効率的に作成する方法などを考慮しつつ、口語アラビア語コーパスの構築を継続する。また、これらの試作コーパスを用いた具体的な言語分析も同時に進める予定である。
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