本年度は、前年度に引き続き、日本文学研究史の全体像把握のため、東京大学附属図書館、国文学研究資料館、大阪府立中之島図書館等において、近世文学研究書の原本調査、マイクロフィルムによる調査を行った。中でも『和字大観鈔』とその著者である無相文雄のその他の著作に関しては重点的に調査を行った。その成果の一部は、「無相文雄『和字大観鈔』について」(『文化學年報』25・神戸大学大学院文化学研究科・2006年3月)として公にすることを得た。これは、国語学史上重要な著作の一とされながら、これまで翻刻・影印などによる紹介の無かった同書について、初版本と再治本とを対校した校本の形で全本文を初めて活字で学界に提供したものである。 近世文字研究の集成作業としては他に、所謂狭義の文字研究所以外の、随筆等の中に見える文字に関する言説についても、『日本随筆大成』等に所収された基本的資料を中心に、その探索・整理を進めている。 また、本年度も文字研究史の概略的記述の副産物的成果として、以下のものを得た。いずれも、近世文字研究史上に現れたものを含めて、前近代の文字意識の一端を明らかにし、改めて現代的な文字観察の問題点をあぶり出す作業の成果である。一は「定家の表記再考」(『国語文字史の研究』9、2006年刊行予定)で、これは現代の書記史研究で特別扱いされることの多い藤原定家の書記態度を相対化したものである。二は、「誤記・誤写と書記史」(『神戸大学文学部紀要』33、2006年3月刊行予定)で、誤記・誤写現象を手がかりに前近代の文字意識と書記の歴史的変化の様態との関係を論じたものである。
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