一つの文書群のなかに、複数の異なる伝来過程を持つ文書が混在している場合、それらを見分けるいくつかの方法が考えられるが、その一つに形態の相違から判断する方法がある。本研究は、正倉院文書を主たる材料としてそれを試みるものである。正倉院文書の大半は写経所で使用された文書だが、それとは作成の経緯が異なる文書も含まれており、そのなかには形態の相違によって識別できる文書があると想定している。 平成16年度は、正倉院文書のなかから、文書内容によって写経所以外で作成されたと推定される文書を抽出し、データ化する作業をおこなった。具体的には、写経所を所管する造東大寺司が作成した文書および、造東大寺司の運営に深く関与した人物の手になる文書をリストアップした。造東大寺司文書の点数は予想以上に多く、形態論を組み立てるうえで都合の良い材料を得ることができた。今後は、公刊されている写真版に基づいて、形態を論ずる上で不可欠な計測作業をおこない、文書以外の正倉院宝物に付属して伝来した文書との形態的な比較研究をおこなう予定である。 また、正倉院文書以外の文書群では、仁和寺文書に含まれる貞観寺関係文書の整理・翻刻と、それにもとづく中世荘園研究を発表した。貞観寺は九世紀に創建され、藤原家の庇護を受けて栄えたが、平安時代後半には規模が縮小してしまう。中世には仁和寺の末となり、一時期、貞観寺座主が仁和寺心蓮院の院主によって独占されたため、貞観寺の文書の一部が心蓮院に伝来することになった。この文書群に関しては解明されていない課題も多く、今回は一部の文書を翻刻したが、さらに研究を深めていく必要がある。
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