本年度は、中国地方と四国地方を中心に金属器と石器の資料集成を進め、同時に各地における良好な資料の調査を進めた。 とくに本年度は資料の実見に力を注いだ。資料の調査は、各時期の石器あるいは金属器の良好なセットがみられる佐賀県神崎町吉野ヶ里遺跡、同県唐津市梅白遺跡、大江前遺跡、同県小城市久蘇遺跡、同県鳥栖市八ッ並金丸遺跡、福岡県小郡市三沢北中尾遺跡、香川県善通寺市練兵場遺跡、徳島県徳島市庄・蔵本遺跡、京都府福知山市興・観音寺遺跡、三重県度会町森添遺跡、愛知県春日井市松河戸遺跡、同県清洲町朝日遺跡出土の資料である。 また、前年度の研究成果の結果あきらかとなった遺跡立地と使用利器の差異を追究するために、それらの遺跡の現地踏査を進めた。さらに今年度は、石器石材が実際に産出する地帯への踏査も行い、産出地→生産地→消費地という生産と流通の構造の解明をめざした。 その結果、まず、水稲農耕伝播に伴う新しい石器型式は、従来考えられてきた福岡平野にとどまらず、高知平野や岡山平野、出雲平野などの広域に伝播することが確認できた。また、円滑かつ急速な弥生石器様式の拡散と成立のなかで、各地の石材環境にあわせた石材利用戦略と消費形態の確立が弥生時代前期末以降に認められたのである。例えば、北部九州地域の玄武岩戦略、中部瀬戸内地域の金山サヌカイト戦略、畿内地域の二上山サヌカイト・片岩戦略がそれである。そして、その消費戦略の地域差が、その後の金属器導入にも多大な影響を与えたことが看取されるのである。 次年度は金属器自体の研究によって上記の課題についての追究を進める予定である。
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