申請者は、第1回現地調査をH16年4〜5月にかけて行った。そして各地の同郷団体を束ねる開発組合と母村の行政首長の関係に関して、ほぼ予定通りのデータを収集することができた。そして、それらデータを用いて、開発組合の母村に対する影響力の歴史的変化について分析を進めてきた。 今日のイボ社会では、地方村落群の運営において母村を離れ生活を送る都市移民達の参与が様々なかたちで期待される。しかし歴史的に見れば、調査の対象とした村落群、イトゥにおいて都市移民達が村落群の運営に対し影響力を持ち始めるのは、ビアフラ戦争後、1970年代に入ってのことである。それ以前、イトゥの運営は母村住民達によって行われており、彼らは各地の出稼ぎ移民達に何ら特別な期待を抱いてはいなかった。さらに1970年以降も、各地の同郷団体を束ねる開発組合がイトゥで安定した地位を持つことはなく、解体と再建を繰り返している。その主な理由は、1970年代に開発組合の設立とほぼ時を同じくして導入された行政首長制にある。行政首長は、イトゥの運営を話し合うための評議会を組織しており、そのメンバーは主に母村住民達である。イトゥでは、開発組合と行政首長の評議会が、役割の分担を巡って対立を繰り返してきた。そして、その対立が時として開発組合の形骸化を導いたのである。 今後は、上記の分析をふまえ、個人レベルにおいて都市移民達が開発組合と行政首長制にどの様に関わっているかを分析し、彼らの母村における位置づけについて考察を深めたい。
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