最終年度である今年は、中華人民共和国、台湾両地域でこれまでに実施した調査結果を統括し、以下の点を明らかにすることができた。 中華人民共和国については、『国家通用語言文字法』(2001)に込められた政策的意図から、言語ナショナリズムの有り様について検討を進めた。中華人民共和国は、建国後間もなく表記法改革・共通語普及に取り組んだが、近代国民国家たるべく国家建設を進める共産党政府にとって最も重要だったのは「一言語」としての「普通話」であった。ゆえに、「普通話」は1982年憲法で初めて明記されると、その後は各種法令の中でも規定された。また、1990年代以降に少数民族地域で進められている「西部大開発」は、言語の共通性を重視することから、1950年代に言語調査という手段によって進められた「民族識別工作」同様に、言語を利用した国民国家建設のための一大プロジェクトであるといえる。研究成果は学会誌に投稿し、現在は査読結果を待つ状態にある。 次に、台湾については、「国語」の変容を手がかりとして一層考察を進めた。中華民国建国以来、中華民国という「一国家」においては、北京方言を基とする標準中国語は「国語」と呼ばれ、国家の「一言語」としての地位を追求・保持してきた。しかし、台湾社会が「中華民国」という「一国家」的役割から自由になるにつれて、標準中国語に求められる役割も地域の共通語へと変化していった。現在では新たに「華語」という名称が用いられ始めている。また、台湾の人々の母語である「郷土語言」教育が英語教育とセットで推進されていることは、台湾社会の言語政策・言語状況が、華人を中心とするシンガポール型に倣う方向を持ち始めたともいえるのである。研究成果は論文にまとめ、発表済みである。
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