本研究は、学歴やエスニックグループの違いに留意しながら、日本植民地時代に教育を受けた人々の生活実践における日本語の使用状況を文化人類学的に手法に基づいて把握することを目的とし、言語が「われわれ意識」の創造やエスニシティにどのように影響しているかを探るものである。 平成18年度は12月末から三週間、台北を中心に現地調査を行い、主に先住民の人々を対象に聞き取り調査を行った。当初は台湾東部にても調査を行う予定であったが、対象者の関係から台北に移住してきた台湾東部に居住していた先住民に話を聞いた。また、韓国との問題を考察するため、韓国華僑(主に中国山東省から韓国に移民し、その後、台湾に移り住んだ中華民国籍の人々)に対しても調査を行った。 当該年度では以下の点が明らかとなった。ひとつは、先住民の若年層(都市部居住)において、「日本」に対する特別な思いは存在しない点である。これまで先住民の日本語能力の高さなどから、親日的なイメージで先住民は取り上げられることが多く、現在の台湾社会でもそう考えられていることが多い。だが、実際はそのようなものではなかった。このような立場は「憎悪」と「無関心」のふたつにわけられる外省人(主に平成17年度の調査結果)や、「日本」を国家認識と関係させている本省人(主に平成16年度の調査結果)とは異なるものである。また韓国華僑の調査からは、中華民国という国体と台湾という国体とで、台湾という土地に対する意味が異なっていた。 日本語能力が彼らの「われわれ意識」を創造するというよりもむしろ、日本語や日本が自己認識や他者認識の形成、他者との同一化、差異化のなかでたくみに利用されていた。植民地支配が影響するという視点から、植民地遺産が現地で道具的に利用されている方向へ研究の視点を今後、変える必要がある。
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