平成16年度は、アメリカ合衆国における表現の自由判例法理としての「やむにやまれぬ政府利益」概念の形成過程を、とりわけ1950年代後半から1960年代中葉までのいわゆるウォーレン・コート期を主対象として検討する作業を行った。そこでの検討から、同概念は、アフリカ系アメリカ人による権利獲得運動(公民権運動)が南部諸州において厳しい弾圧を受ける中、合衆国最高裁がこれらの運動に法的保護を与えるという歴史的・社会的文脈において登場したということと同時に、法理としては、1950年代初頭において猛威をふるった利益衡量論の枠組みを引き継ぎ、いわばそれをより権利保護的な形態に作り替えたものであることが確認された。また、海外出張において連邦議会図書館所蔵の当時の最高裁判事作成の資料を閲覧・検討し、同概念の形成にあたり、最高裁内部においては、上記文脈を十分意識しつつも、法理としてはアフリカ系アメリカ人の権利獲得にとどまらない射程を持つものとして意図され、形成されたという知見を得ることができた。上記検討から、直接には社会の一部階層による権利獲得運動を契機としつつ、それが訴訟過程・訴訟外の社会過程を通して公的議論の対象となり、最高裁判例における同概念の登場という形で一般的な法の形成にまで至るという、当時の合衆国社会における「公共」の形成過程とその機能に関する一側面をある程度明らかにし得た。平成17年度は、上記研究成果を踏まえつつ、より多様な権利主張が登場した1970年代以降の同法理の展開に即して検討を行い、2年間の研究のとりまとめを行う予定である。
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