遺伝情報の提供における被害者の同意には、(1)対象物と(2)対象者の2点において特殊性が認められる。(1)は詐欺に基づく同意論の、(2)は脅迫に基づく同意論の、それぞれ応用場面である。 (1)遺伝情報の提供において問題となる遺伝子プライバシーは、遺伝情報の近親者共有性から、自己の法益と他人の法益とのいわば複合法益であるといえ、そこでの被害者の同意は、そのような複合法益を処分する行為として理解されなければならない。もっともその問題状況は、関係者のつながりの強さから、共有者による横領よりは共同居住者の同意に基づく住居侵入に近く、さらに、原則として近親者が劣後する立場にある点で、純粋な個人的法益の処分に近い。処分される遺伝情報の重要性(例えば、重大な遺伝病か否か)と侵害の重大性(例えば、解析か第三者提供か)とを併せ考慮して、本人の同意のみにより処分できる範囲を画定する必要がある。また、本人の同意が十分条件である場合も、一定の範囲で、同意の前提として近親者共有性の説明が必要な場合があると解される。 (2)同意の対象者が臨床医か研究者かによって、同意の有効性判断は変わりうる。同意は自由意思に基づいてなされる必要があるが、意思が自由か否かは、被害者返還型盗品等関与罪や同意による特別公務員暴行陵虐罪の成立からも分かるように、心理的抑圧の実体ではなく、同意者と同意の対象者との関係性に依存するものと解される。現に診療を受けている医師に対する同意は、優越的地位の影響下でなされる点で、より厳格な要件のもとでのみ有効とされるべきである。 改正ゲノム指針は概ね妥当なものと評価されるが、それは一般化可能な範囲でのものにすぎず、上述の観点からは、状況に応じたより細やかな対応が必要である。
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