本研究では、売買・請負代金の前払いのように、当事者が「信託契約」と意識しないままに他人の財産を預かっている場合に、この財産は誰の責任財産を構成するかという問題を、ドイツ法を比較法的対象としながら研究をすすめた。 こうした場合にも「信託」の成立を認め、預けた者のための倒産隔離を認めようとするのが、現在の我が国における有力な見解と目される。その結論自体は妥当と考えるが、しかしそこで、信託の成否を決する基準として、「当事者が当該財産について分別管理を義務付けていたか」あるいは「委託者から受託者に財産権が直接移転されているかどうか」を持ち出す主張には、疑問がある。 前者に関しては、実際に物理的に分別されていることは必要であるものの、それを当事者の意思で課すこと自体が要件となるものではないと解する。むしろ探究するべきは、当該金銭が預かっている者の責任財産を構成しないとすることが、法的になぜ正当化されるのかということである。この観点から本研究では、問題となっている財産の取得にあたって、誰がその取得対価、費用、あるいは財産維持にかかる費用、リスクを負担しているかという点に着目して、信託の成否を決するべきであるという主張を行う。 また後者に関しては、必ずしも委託者となる者から受託者となる者に対して、直接に財産権を移転している必要はないと解する。信託法1条は、受託者が自己の財産について信託宣言を行うことを禁止する意図で、「委託者から受託者への直接移転」を規定しているのであり、受託者が委託者の依頼を受けて第三者から財産を取得した場合に信託の法理が適用されることを禁止する趣旨ではないと解する。このため、こうした財産について信託の成立を認め、あるいは信託法の規定を類推適用し、倒産隔離効を認めることは許されるとの解釈論を行う。 以上のような成果をまとめ、来年度中には論文として公表する予定でいる。
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