本研究では、信託法理に基づく倒産隔離効を与えるに際して、わが国においてはどのような要件をたてることが妥当であるのかという研究を行って来た。 これに関して、ドイツにおける判例と、それをめぐる学説の議論について研究を進め、後掲の論文として公表した。そこでは、判例のとる「委託者から受託者へと信託財産が直接に移転されること」という要件が学説によってこぞって批判されている。その批判の根拠はわが国においても当てはまるところが大きいと考えたので、わが国で信託法理の射程を考える際に、必要以上に信託法の文言に拘泥して「委託者から受託者への直接移転」にこだわる必要はないということを主張した。 またドイツに関する研究と並行して、信託の母法であるイングランド法についても研究を進めた。とりわけ擬制信託について判例を整理した文献の購読に時間を費やした。しかし、そもそも判例はケース・バイ・ケースの判断の積み重ねという感が強く、学説も判例の現状を説明するにとどまり、そのアプローチの方法、あるいはまた結果の妥当性に疑問を投げかけるなどするものはほとんど見られない。またドイツ法に示唆を得て構築した体系化のための枠組みを用いるなどして、無理にイングランド法を体系的に理解しようとすると、かえってその本質を見誤るおそれがある。このため、イングランド法だけを取り上げて紹介するという形での公表はこれまで控えている。ただそれでも、ドイツ法あるいは日本法の特徴をより良く理解するにあたっての比較の素材としての意義はあったのであり、公表された論文をまとめるにあたっても間接的に資するところが大きかった。
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