平成18年度の研究では、以下2点が主要な研究実績である。 1.アメリカ合衆国への調査などにおいて、アメリカのラテンアメリカ研究者、ラテンアメリカ出身のラテンアメリカ研究者と意見交換を通し、アルゼンチンの「汚い戦争」の起源について考察する場合、冷戦期のラテンアメリカ、1970年代初めのチリでの左派政権であるアジェンダ政権の誕生とCIA支援を得たピノチェト主導によるクーデター、ウルグアイ、ブラジルでの軍事政権といったように、ラテンアメリカ南部の国際政治状況を分析枠組みに組み入れることにより、汚い戦争前のアルゼンチンの軍部の行動指針や国家安全保障に関する軍思想、軍部の使命や専門職業主義、アルゼンチン政治状況がより詳細に理解できるという知見が得られた。 2.従来、国際関係理論では、国家の行動基準は国益であり、国益極大化に向けて国家は合理的選択をし、行動するとのリアリズム理論が支配的である。しかし、ゲリラ活動だけでなく、市民の自由権をも国家転覆活動に関連すると認識し、対国家転覆活動戦争を展開したアルゼンチンの軍部のケースは、国家が合理的選択をすると前提にするリアリズム理論の限界を示唆していることが理解できた。特に、アルゼンチンのケースでは、ゲリラのメッセージや大陸規模での革命を目指したチェ・ゲバラのレトリックなどが軍部に過剰な脅威を与えたと思われる。また、汚い戦争が進むにつれて、5月広場の母親たちのメッセージや5月広場でのマーチが市民の軍事政権への抗議運動としてシンボル化していった。これらの点を考慮すれば、国家の行動を理解する上で、シンボルやレトリックといった合理的な選択や物質面を基盤とする国益を重視し国家の行動を説明しようとするリアリズム理論には限界があるのではないかという知見が得られた。
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