本年度は、遺伝子情報の解明にともなう私的部門(特に保険市場、労働市場)の情報構造の変化について、情報の経済学の観点からモデル分析を行った。とりわけ個人の遺伝子受診(遺伝子検査)の行動という点に焦点を当てて研究を行った。 個人の受診の行動と保険市場の分析として、先行研究において、個人の受診の行動を内生的に考えたモデルが存在し、そこではすべての個人は受診する行動を取るという結論を導出している(Doherty-Thistle(1996)等)。 一方で、最近の実証研究において、健康状態の不良な個人の受診の行動について、予防性の高い病気の検査については、受診するのに対して、予防性に加えて、自身のタイプに関する情報が得られる病気の検査については、健康状態が良好な個人に比べて検査を受けない傾向にあることがわかった(Wu(2003))。個人の健康状態に応じて、受診する検査に差が生じるという結論の原因について、Wuは明らかではないとしながら、そこには心配、不安といった心理的コストの存在を示唆している。 この点をふまえ、受診の行動について、心理的コストを含めたモデルの修正を試み、均衡が存在するための条件の分析を行った。ある病気について、遺伝子検査のように、個人のタイプに関する直接的な情報が得られる検査を受ける場合、個人の健康状態に依存して心理的コストが異なると考えれば、健康状態が良好な個人については、検査を受診し、良好でない個人は検査を受けないという状況が存在し、結果的に、自身のタイプを知らない個人を含めた3タイプモデルの均衡を維持できるという結論を導出できた。これは、従来までの受診の内生化モデルにおける結論とは異なり、心配や不安といった心理的コストの存在により、自身のタイプを自身が知らない(知りたくない)個人が存在するという、実証研究と整合的、かつより現実を反映したモデルであると考えられる。
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