情報構造の変化が市場に与える影響について、本年度は、昨年に引き続き情報の経済学の観点からモデル分析を行った。とりわけ本年度はこれまでのモデルの修正に焦点を当てた。 遺伝子情報の利用に規制が無い場合、遺伝子診断を受診して疾患が無いと分かった個人は、結果を診断書等で積極的に伝えようとするインセンティヴが働くだろう。逆に、受診して疾患が有ると分かった個人はそのことを隠し、「受診していない」、と虚偽の申告をするインセンティヴが働くだろう。 これに対して、保険会社は個人のタイプ、受診行動の有無を直接観察できないが、疾患の無い個人は信頼のおける報告を行うことから、そのような個人をリスクの低い個人と判断できる。一方、受診していない個人については、本当に受診していない個人なのか、受診して疾患が有るとわかった個人が虚偽の申告をしているのか判断できない。よって、市場を情報の非対称性が存在する2タイプの市場と、情報構造が対称的な1タイプの市場に分離することができ、このような考えの下で均衡分析を行った。 その結果、リスクの低い個人に対しては常に均衡が存在するが、タイプを観察できない個人に対しては、受診しない個人の割合が高いほど、均衡が存在しない可能性があることがわかった。従って、リスクの低い個人のみが保険に加入できるという「逆選択」とは正反対の結果を、これまでのモデルよりも、より的確に表現することができ、「遺伝子による差別」が発生するメカニズムをより正確に表わすことができた。 これらの研究の結果は博士論文としてまとめることがで、実りの多い年度となった。
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