平成17年度の研究により明らかとなったことは次の点である。 1.1830年代に始まるバーデン営業教育(中等技術教育)は、「営業学校」と「徒弟作業場」をつうじて既存の手工業徒弟制度を近代的に再編し、19世紀末ドイツ中間層政策の展開に実践的基盤を提供した。 2.しかし、前三月革命期バーデンの営業教育・政策は、通説に反して、反自由主義(ツンフト擁護)的性格のものではなく、教育をつうじて市民層を育成し、これを基盤にバーデン経済の近代化を目指す当地の経済的自由主義に、一つの思想的基盤を見いだすことができる。 3.さらに、18世紀末以来の全ヨーロッパ的過剰人口問題は、バーデンにおいては「農・工業の縺れ合い」、農村小営業の拡大として現象し、このことが当地の営業教育・政策展開の重要な社会経済的背景をなした。 4.すなわち、「国家市民」、「国家の柱石」としての使命をバーデンの自由主義者により付与された中間層のなかで、経済的独立の基盤をもたず、小土地と結びつくことで再生産可能となる小営業者が多数を占めるようになると、自由主義者の間で「中間層保全」論が台頭する。バーデンの自由主義者は、政治的には封建的身分制社会の解体を強烈に指向する一方で、その後に来る市民社会の実質的担い手を小農民、小営業者等からなる中間層に求め、彼らの経済的基盤を崩壊させると考えられた営業自由のバーデンへの機械的導入に反対する。そしてツンフト制度の近代的再編により「国家市民」たる手工業者エリートの育成を目指すのである。 5.以上のような社会経済的思想的背景のもとで生成・発展したバーデンの営業教育は、小営業の自助と近代化を推進するものであり、バーデン経済を資本主義的に発展させることで、農村小営業の拡大・窮乏化という前三月革命期バーデンの「社会問題」に対処しようとしたものと評価することができる。
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