本年度も、一次資料に基づく実証型経済史研究を目指し、昨年に引き続き、イギリス国立公文書館・HSBC銀行資料室・帝国戦争博物館において資料の調査・収集を行い、その分析にあたった。まず、本研究の第一のテーマである「第一次大戦期のロンドン・シティ金融界の権力構造」については、本年度も、第一次大戦期における主要株式銀行家の戦時財政・金融政策への関与という視点から解明に努めた。本年度は、特に第二回戦時公債発行(1915年6月)とそれ以降に注目しつつ、株式銀行家の関与の実態に迫った。その上で、同時期株式銀行家が、こうした関与を通じて、その地位を大福に上昇させ、マーチャントバンカーと並ぶ「ロンドン・シティ金融界」の新たな主役になったことを発見した。こうした成果は、昨年度・今年度に二本の論文に取り纏めた。 また、本研究の第二のテーマである「戦時期の銀行・産業関係の実態」については、第一次大戦期における財政・金融政策が銀行・産業関係にいかなる影響を与えたのかという視点から分析を行った。まず、大戦中の銀行のバランスシートを検証し、戦時公債が急増し、一方で産業への融資が相対的に縮小していることを確認した。一見すると、当時の銀行が公債購入を選好し、産業金融を軽視したかのようにみえる。しかし、銀行関係資料を丹念に調査してみると、実はそうではないことが分かった。銀行は、「政治的意図」から膨大な戦時公債を購入していたが、その保有は銀行収益に貢献するものではなかった。むしろ証券価格の下落が進み、戦時公債保有は、多額の評価損を銀行にもたらした。銀行収益の源泉は戦前同様産業金融にあった。にも、関わらず、銀行から産業への融資が減ったのは、企業側の事情による。膨大な政府支出による戦時景気とインフレにより手元資金が潤沢となったため、企業は銀行に資金需要を求めなかったのである。すなわち巨額の戦時公債発行は、銀行の融資姿勢に大きな変化(「融資姿勢の保守化」)をもたらすものではなかった。むしろ、巨額の財政支出が、企業の「銀行離れ」を一時的に引き起こす結果となった。こうした成果は、英語論文としてまとめ近日中に発表する予定である。
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