本研究では、鉛フリーはんだ開発に関わる大学、企業、研究機関が、研究開発プロジェクトへの参加、科学論文の共著を通じてどのようなネットワークを形成したのか、その構造について時間的・地域的な観点から比較し、その相違がイノベーションの結果にどのような影響を及ぼしているのか、ネットワーク分析の手法を用いて検証した。鉛含有はんだに関する環境規制の導入の動きはアメリカで始まったが、鉛フリーはんだの開発への取り組みにおいて、欧米に比べて日本では早い段階から、大学の研究者が産学官を含めたネットワークの形成に当たって重要な役割を果たした。大学研究者の主導で組織された研究開発プロジェクトを通じて、技術開発に関するロードマップを作成し、鉛フリーはんだの特性やその評価手法に関する標準化を進めることによって、研究者、製造者、利用者の間で認識の統一、情報・知識の共有が進み、鉛フリーはんだの実用化が促進された。米国に関しては、日本より産学官連携が遅れたものの、その後は急速にネットワークの形成が進められおり、その中では大手企業と並んで公的研究機関が重要な役割を果たしている。欧州については、現在でも日米に比べて産学官連携ネットワークの形成が遅れており、特に大学と民間企業が互いにほぼ離れた形でネットワークを形成している状況である。環境問題のように社会的意義のある領域に関して、大学の研究者が比較的中立的な立場から産学官連携ネットワークを形成し、科学技術的な側面の評価と標準化を進めたことは、イノベーションを創出する上で極めて重要であった。欧米では大学研究者のこうした機能が十分に顕在化されなかったため、産学官連携ネットワークの形成が遅れ、イノベーションを早期の実現を妨げた可能性がある。ナショナル・イノベーション・システムの分析に当たって、ネットワーク分析を活用することによって、新たな定量的方法論の可能性が示された。
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