コウノトリの野生復帰事業が進む兵庫県但馬地方で、コウノトリ経験に関する「語り」を聞き取る調査を実施してきた。「語り方」を解析して、自然再生のシンボルであるコウノトリは、日常生活と結びつき、害鳥、瑞鳥、ただの鳥と「多元的」に語られ、コウノトリを語ることによって人と自然の日常的な関係性の諸相が紡ぎ出されることが明らかになった。これは(1)地域性によるのか、(2)コウノトリという種の特徴によるのか、という問題関心に基づき、かつてのコウノトリ生息地である福井県越前市、小浜市、タンチョウ生息地の釧路市、ナベヅル生息地の周南市にて聞き取り調査を実施した。 越前市と小浜市では、コウノトリを保護してきた歴史を振り返る活動が展開しつつある。コウノトリを地域のアイデンティティの核にしようと、「地域の鳥」として語られているが、多元的に語られることはなかった。かかわりが一度切れてしまったため、記憶が抽象化されているためとも考えられる。 釧路市で、給餌人を中心に聞き取りを実施した。家族史のなかに位置づけられてタンチョウが語られるという特徴が見られた。これは、1.給餌活動が家族単位で行われており、親子間で引継ぎされることもあること、2.給餌活動が私有地で行われていること、3.縄張りと私有地がかなり一致しており、同じツガイが飛来していることなどが、理由として考えられる。作物を荒すという語りも若干あり、給餌しているタンチョウが畑を荒すと「ウチのツルがすいません」といった語りも出てくる。概ね「家の鳥」といった語り方であり、かかわりが冬期に集中するためか、人と自然の関係性が語られることはほとんどなく、また地域を見直す語りもほとんどなかった。周南市でも家の鳥という語りが見られるが、ツルを通して地域を見直す語り、害鳥という語りも見られ、その語り方はやや多元的であった。外見がよく似ており、自然を象徴する生き物であるコウノトリは「地域の鳥」、ツルは「家の鳥」と「語り方」に違いが見られたが、多元的な語りはほとんどみられなかった。同じ種でも地域性・歴史性によって「語り方」が異なること、自然の象徴という同じ価値が付与された生き物でも、生息域の違いや行動の違い、かかわりの歴史性などによって、「語り方」が異なることが明らかになった。さらに比較研究を進め、「語り方」から人と自然の関係性を析出する研究をすすめる必要がある。
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