人間社会を特徴づける重要な要素は、直接互恵性が存在しなくても人々が一方的に資源を提供し合うという一般交換の存在である。一般交換は、「情けは人のためならず」という諺が示すように、資源を与えた相手以外の第三者から間接的に返報されることにより成立していると考えられる。一般交換に関する研究は90年代末にようやく端緒についたばかりであり、これまでは社会心理学などの実験研究を重視する分野と進化生物学や人類学などの数理モデルや理論研究を重視する分野とで、お互いの交流なしに独立して研究が進められてきた。本研究は、このような二つの研究の流れを統合し、新たな発展可能性を探ることを目的とする。 17年度は、16年度に引き続き数理モデルによる解析とシミュレーションを行い、(1)二者間の直接交換の場合には有効であった一次情報(前回提供したかどうか)のみを用いる単純な応報戦略(提供者には提供、非提供者には非提供)では一般交換を維持できず、前回の行動が誰に対しての行動かを表す二次情報を用いる必要があること、(2)他者の行動を見間違うという知覚のエラーを考慮すると、一般交換維持のためには、過去の研究で明らかにされた「正当化可能な(非提供者への)非提供者には提供するが、正当化不可能な(提供者への)非提供者には提供しない」という戦略は有効ではなく、「提供者への提供者には提供するが、非提供者への提供者には提供しない」という村八分を実現する戦略のみが有効であることが明らかにされた。 更に17年度には、16年度に行った場面想定法質問紙実験の結果に基づき、実験室実験を行った。上述の適応論的分析から導き出された戦略と合致する行動を実際に人々が採用するのかどうかを検討したところ、二者間の直接交換の時に有効な単純な応報戦略と一貫する一次情報の用いられ方は明確に現れたが、村八分を実現するような二次情報の用いられ方を示す行動パターンはあまり明確には見られなかった。これは今後の課題であるが、一つの可能性として、応報戦略は非常に協力に人間の心に組み込まれている仕組みであるのに対し、村八分戦略はより高度な情報処理を必要とするため、ある特定の状況でしか表面には現れてこないという可能性が示唆された。
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