本研究の初年度であるこの一年は、多くの時間を基礎資料の収集とその整理に費やした。まずは5月にドイツに渡航し、ゲルマン文化における表現療法に関わる民俗学的資料を収集した。さらに8月末から9月にかけてスペインに渡航し、イスラム文化からの影響を色濃く残すスペイン系のラテン文化における複合的な民俗学的資料を収集した。収集整理した資料の一部、特に臨床現場の樹木画と樹木に関する民俗学的資料に関しては、「猪股剛著・樹木と人間、無意識と意識」として『バウムの心理臨床』の中に発表した。この著作では、古代から現代に至るまでの樹木に対する私たちの民俗の変遷を、主としてドイツ民俗学の資料をもとに分析し、最終的には日本の現代における樹木と人間意識のかかわりを心理哲学的に分析研究した。特に注目される成果は、樹木に対して保全的な意識で臨んでいた人間存在の意識が、燃え上がる樹木という民俗学的イメージに至り、自然への回帰あるいは自然破壊とは別の、樹木としての自然との間主観的な関係を築きつつあることである。 また国内においては、群馬大学心理教育相談室において、児童生徒および成人が治療過程で描く絵画あるいはその作成した箱庭・遊戯表現を収集した。更には、本科学研究費補助金によって雇い挙げた臨床心理士の補助の下でその映像資料をデータ化整理した。また、今回整理された資料の一部は心理臨床的および民俗学的に研究され、その成果を「群馬大学教育実践研究・臨床事例編・第一号」に「猪股剛著・メランコリーと音楽と、その弁証法」として発表した。この論文では、音楽とメランコリーの関係を身体性を媒介にして論じ、ドイツ・ベルリンのシャウビューネで上演されたザーシャ・ヴァルツの舞踏の深層心理学的分析を行いながら、音楽とメランコリーが相互に治療的関係を持つ弁証法的な動きを示すものであることを明らかにした。
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