ミュオン触媒核融合におけるミュオン分子の共鳴的生成過程は、中性子生成効率を決める重要な過程であるにもかかわらず、その温度依存性や密度依存性などには理論的に説明のできない現象が多数存在することが知られている。核融合という数MeVのエネルギー領域の現象が、温度などの数meVと9桁も小さいエネルギー領域の現象により左右されることは非常に興味深い。これはミュオン分子の生成が共鳴的に起こることによる。この共鳴条件の解明は原子・分子科学的な見地からも応用の見地からも興味深いものである。 ミュオン分子生成過程の共鳴エネルギーは数meV程度であるため、重水素分子の回転・振動順位への依存性があることは知られている。また、同一核種の重水素分子は、十分な低温化でも回転順位が基底状態になることはなく、約5meV程度エネルギーの離れたオルソ分子とパラ分子が混在する。このオルソ・パラの比にも共鳴状態は依存することは理論的に予見され、我々のグループによるオルソ・パラ状態を制御した実験により確認された。 本研究では、触媒を用いて人工的にオルソ状態のみの水素を精製し、ミュオン触媒核融合実験を行った。昨年度行った予備的な実験と合わせ、固体・液体・気体でのデータを得ることに成功した。固体・液体では理論的な予測に反しオルソ状態の方が通常よりも核融合中性子の生成率が低いという結果になった。これは、高密度状態による何らかの効果によるものと思われ、今後のさらなる研究が必要である。逆に、気体では中性子生成率としては理論と一致するものであったが、中性子の生成時間には今まで見られたことのない奇妙な傾向が観測された。このデータと理論とを比較することにより、ミュオン分子を生成する前のミュオン原子の熱エネルギー化に関する詳細な情報が得られた。
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