これまで我々は、非線形振動を示す生きた真性粘菌を用いて、対称性を有する結合振動子系を構成し、この系の示す時空間パターンを系の対称性のみから明らかにしてきた。対称な系の示す対称性破壊分岐の理論を用いると、粘菌の挙動を示す具体的な数理モデルなしにこれらのパターンを明らかにすることができる。しかし、粘菌を鎖状に配置した系では、系のもつ陽な対称性だけでは説明できない時空間パターンが観測されていた。この観測結果は、N個の振動子からなる鎖状結合振動子系には、実際には存在しない「隠れ振動子」があるものと考え、(N+1)個の環状結合振動子系として扱うことでうまく説明できる。すなわち、結合振動子系の境界条件によって、系は、あたかももう一つの振動子が存在するかのように振る舞うというアイディアである。 本研究では、この「隠れ振動子仮説」の数理的な論拠を示すことを目的とし、実験およびシミュレーションを行った。粘菌結合振動子系では、系全体で粘菌の総体積が常に一定である。そこで、これが拘束条件となり、特殊なパターンを創出していると考えた。結合振動子系モデルは連立常微分方程式系で表せるが、この総体積一定の条件を方程式系にどのように組み込むかがポイントとなる。その結果、振動子系とは別に、体積保存則のためにダミーの変数をおき、その時間変化の和が常に一定であるように方程式を作りこむ系を考えた。その系では、拘束条件により、これまでシミュレーションではなかなか現れなかった、倍振動周期が主に観測された。
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