本研究では、天体衝突によって作られた蒸気の塊(以下衝突蒸気雲と呼ぶ)の内部で進行する化学反応系を、数値的にシミュレーションし、どのガス種が、どれだけ作られるのかを求める。 衝突蒸気雲は、形成直後はきわめて高温・高圧だが、急激に膨張・冷却する。高温・高圧の条件下では化学反応の速度は速く、容易に化学平衡が達成される。これに対し、膨張・冷却が進むと、化学平衡はもはや達成されなくなる。従来の研究では、膨張過程のある瞬間で化学反応がクエンチ(停止)すると考え、単純に衝突蒸気雲の膨張のタイムスケールと、ある化学種がかかわる反応のタイムスケールとの比較から、膨張・冷却後の衝突蒸気雲の組成を見積もってきた。ところがこの方法には、いくつかの間題がある。(1)ひとつの化学種の生成・消滅に関わる化学反応経路が多数存在するため、どの反応速度に着目するべきかわかりづらい(2)膨張・冷却の仕方にもよるが、化学反応はある瞬間で停止するわけではない(3)化学反応は複雑なネットワークを形成しているため、直接関わる反応が停止しなくても平衡からずれることは十分に考えられる。 そこで本研究では、急激に膨張・冷却する衝突蒸気雲内部で進行する化学反応をシミュレートする数値モデルを開発している。今年度は、球対称1次元モデルを開発し、様々な初期条件の下で、様々な化学種の最終生成量を求め、これを従来の方法(タイムスケールの比較で最終生成物とその量を求める方法)で求められた生成量と比較した。その結果、H_2OやCO_2の生成量は大きくは変わらなかったが、CH_4やHCNといった、特に初期地球の大気や生命の発生と進化に大きく影響を与えたと考えられる成分の生成量については、従来の手法では数桁以上も違っていることが示された。巨大な蒸気雲ほど、膨張・冷却はゆっくりと進むため、この傾向が強い。本年度は計算機能力の限界から1次元かつ大気がない場合のみ扱ったが、すでに大気がある地球への衝突の場合、この傾向はより強くなると考えられる。 ここまでの成果については、3月にアメリカ、ヒューストンで開かれた月惑星科学会議で発表し、現在論文を準備中である
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