前年度までの研究で、プロトンの運動は、ゆっくりとした骨格分子の運動だけでなく、早い電子の運動とも強くカップルしていることが明らかになってきた。そこで、本年度は、電子の運動がプロトン移動に及ぼす影響を調べるため、電子とプロトンを同等に扱ったab initio電子波束法の開発をスタートさせた。具体的には、Slater行列式、及び、CSF(Configuration State Function)で電子波動関数を展開し、電子の時間発展は量子論に基づき、また、核の運動は古典論に基づき記述する。電子と核のカップリングは、電子波導関数の各座標微分という形で、電子及び核の運動を記述するそれぞれの方程式に現れる。 実際に、この方法をH_2O+H_3O^+→H_3O^++H_2Oに適応し、電子とプロトンの同時ダイナミクスを詳細に調べた。電子の初期分布として、基底状態と第一励起状態の配置を取り、 H_3O^+分子をH_2O分子に衝突させた。その結果、基底状態では、プロトン移動が、一方、励起状態では水素移動がそれぞれ起こることを明らかにした。また、基底状態のプロトン移動では電子の逆移動が、励起状態の水素移動では、電子のプロトンと同方向への移動が起こることが分かった。これらの電子移動は、基底状態の場合は、σ-σの相互作用によるSP2とSP3の組み換え反応に起因しており、比較的ゆっくりと起こることが分かった。一方、励起状態では、π-πの相互作用による瞬間的な電子移動が起こることが分かった。この励起状態の瞬間的な電子移動は、ここで扱った系に限らず、共役系分子の励起状態では一般的な現象だと考えられる。 このように、電子の時間発展を追いかけることで、今まで知られなかった電子とプロトンの運動の相互作用の様子を調べることが出来るようになった。今後は、この方法をより多自由度系へと適応していく予定である。
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