プロトン移動反応は、酸化還元反応や生体内反応など、最も基本的かつ重要な反応の一つであるばかりでなく、近年では、水素吸蔵などに関連して工学的応用面からも注目されている。こうしたプロトン移動反応に伴い、電子の分布はどのように変化するのであろうか。アト秒レーザー技術の進歩は、こうした電子の運動を直接観測できる可能性を秘めている。我々は、こうした電子の早い運動が化学反応に及ぼす影響を調べるため、電子の運動を量子力学で記述し、核の運動を古典力学で記述する"量子-古典混合法"を開発した。本年度は、我々の開発した方法を水分子とオキソニウムイオンの衝突反応におけるプロトン(水素原子)移動反応に適応した。この反応は、水溶液中におけるプロトンリレー反応の1要素となっており、生体内における電荷輸送の観点からも注目されている。この系におけるMOの性質やCSFの形、及び、その係数の時間変化から、以下のことを明らかにした。 (1)基底状態では、プロトンの移動と同時に、プロトンの移動とは逆向きに0.6個の電子が水分子からオキソニウムイオンへとゆっくりと移動する。この基底状態のプロトン移動に伴う電子の移動は、水分子の持つsp3混成軌道とオキソニウムイオンのsp2混成軌道間で、σ-σ相互作用を通して断熱的に起こることを明らかにした。 (2)第一電子励起状態での電子移動では、基底状態のダイナミクスとは異なり、プロトンは常に約1.0個の電子を伴って水素原子として移動する。この励起状態の水素原子移動に伴う電子の移動は、基底状態の場合とは逆に水素原子移動と同じ向きに起こっていることが分かった。この電子移動は、水分子とオキソニウムイオンの酸素のπ軌道間でのトンネル現象を利用して、水素原子移動に伴い瞬間的かつ非断熱的に起こることを明らかにした。
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