研究概要 |
環状チアジルラジカルBBDTA(Benzo[1,2-d:4,5-d']bis[1,3,2]-dithiazole)は中性、モノカチオンならびにジカチオンの、複数の酸化状態をとることが可能で、それぞれを安定に単離することができる。S=1/2のスピン1個を有するモノカチオン状態BBDTA^+は対アニオンの種類や結晶化条件によって、二量体、一次元鎖、二次元格子、三次元格子といった磁気ネットワーク構造を形成し、多彩な磁気物性を示す。今年度は対アニオンとしてInCl_4^-を有する塩の構造と物性について検討を行った。 BBDTA・InCl_4はBBDTA^+が分子内に正電荷を有するにも関わらず、SNS環のN原子を介してIn原子に直接配位し、InCl_4^-間を架橋してzigzagな鎖状配位高分子構造を形成していた。In原子は正四面体場ではなく、4つのハロゲン原子と2つの窒素原子とからなる歪んだ八面体場内に位置していた。鎖内のBBDTA^+間には近接したN…N原子間距離(3.052Å(CI))が存在するが、鎖間には短い原子間距離は認められなかった。この物質の磁気的性質並びに熱的性質を検討したところ、108Kでspin-Peierls転移を示した。spin-Peierlsは従来の有機物質でもしばしば認められる現象であるが、いずれも平板上の有機ラジカル分子がスタックした構造を有しており、またそれらの転移温度は50Kにも満たない。本研究で見出したBBDTAInCl_4は結晶構造、転移温度とも従来の系とは1線を画すると言える。今後、相転移のメカニズムに関する知見を得る必要がある。
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