最近我々は環状チアジルラジカルという硫黄原子と窒素原子からなる複素環分子結晶の磁性研究に着手し、この物質群が多次元的な分子間相互作用、構造相転移を伴う磁性変化(常磁性-反磁性転移)、温度幅の広い双安定領域の存在、高い磁気秩序転移温度など、従来の分子性物質にはない性質を内在することを明らかにしている。環状チアジルラジカルは多座配位子として活用できる可能性があるが、これまでにそのような試みはわずかしかない。本研究では様々な環状チアジルラジカルと数十種類の金属錯イオンとを反応させ、結晶構造解析を順次行ったところ、BBDTA^+というカチオンラジカルとインジウムクロライド(InCl_4^-)との組み合わせにおいて、一次元集積型金属錯体構造を得る事に成功した。この物質の結晶構造解析の結果、BBDTA^+はカチオンであるにも関わらず、SNS基の2つのN原子を介してIn原子に直接配位し(d(In-N)=2.581Å)・InCl_4^-間を架橋してa軸方同にzigzagな1次元配位高分子構造を形成していた。In原子は正四面体場ではなく、4つの塩索原子と2つの窒素原子とからなる歪んだ八面体場内に位置していた。BBDTA・InCl_4の常磁性磁化率の温度依存性を調べたところ、170K付近に低次元ネットワーク由来のブロードな極大が存在し、110K付に急激な減少が認められた。120K以上の磁気挙動はBonner-Fisherモデルで再現することができ、鎖内の磁気的相互作用の大きさはJ/k_B=-135K程度と見積もられた。相転移温度近傍で熱履歴が観測されなかったことから、この転移がspin-Peierls転移である可能性が高い。これまでに発見されているspin-Peierls物質は平板分子がスタックした構造を有し、転移温度は50K以下であることからも本研究で発見された成果は興味深い。 以上により環状チアジルラジカルが金属錯体配位子として有用であることが示された。今後遷移金属イオンとラジカル分子とを組み合わせることにより、多彩な物性の発現が期待される。
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