本年度の研究は「新規の単一次元鎖磁石の開発と磁化緩和制御」に焦点を絞って進められた。今までに一軸磁気異方性を有するMn(III) salen化合物の一次元集積による単一次元鎖磁石設計法を提唱し、強磁性単一次元鎖磁石における磁化反転のエネルギー障壁はΔ=(8J + |D|)S^2で表されることを見出してきた。ここで、鎖内磁気交換相互作用Jがエネルギー障壁に大きく関わることに着目し、Jを変動させて磁化緩和挙動を制御するため、新しい一次元鎖構築分子素子を開発し、Mn(III) salen化合物との集積を行った。得られた一次元鎖はMn:Ni=2:1の組成を持つ化合物でS=3のスピンが強磁性的に配列した単一次元鎖磁石である。この単一次元鎖磁石では、S=3ユニットの一軸異方性は以前報告したオリジナル単一次元鎖磁石とほぼ同様であるのに対して、交換相互作用はJ/k_B=+0.5Kと以前のJ/k_B=+0.7Kよりも小さくなっている。この違いはエネルギー障壁値に反映され、以前の単一次元鎖磁石ではΔ=70Kであったものが、今回の単一次元鎖磁石ではΔ=50Kとなっており、上記の関係式を裏付ける結果となった。また、本研究者は、単分子磁石ユニットの強磁性的一次元集積は単一次元鎖磁石になる可能性があることを見出し、この分子設計法も提案した。実際に、本研究者の単一次元鎖磁石の構築ユニットであるMn-Ni-Mnの三核ユニットを単離し、この化合物がS=3の単分子磁石となることを証明した。スピン状態がS=9/2の強磁性単一次元鎖磁石も見出し、これらが、上記の関係式で理解できることを明確に示した。 さらに、フェリ磁性型単一次元鎖磁石の開発を行い、磁化緩和現象の解明に進んでいる。フェリ磁性型の磁化緩和エネルギー障壁は単純に上記の関係式では説明がつかない。さらに、上記関係式はIsing限界であるD>4J/3の制限で成り立っため、Jの比較的大きなフェリ磁性鎖では成立しがたい。今現在多くの化合物例を開発し、その磁気挙動を詳細に調べることによってフェリ磁性型単一次元鎖磁石の磁化緩和現象の解明に近づきつつある。
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