研究概要 |
本年度においては、2,9-ジクロロキナクリドンとチアジン-インジゴの結晶構造と電子構造に焦点をあてて検討を行った。 2,9-ジクロロキナクリドンは溶剤に極めて難溶であるため昇華精製装置を利用し気相での単結晶育成を試みた。この顔料は高温まで極めて安定であるためターボ分子ポンプを用いて高真空に保った試料管内で500℃で昇華させることで単結晶育成を得た。得られた結晶は、期待した赤色ではなく、黒色の針状晶であった。そのX線構造解析を-180度で行ったところ、空間群がP2_<1/C>でZ=2であることが分かった。分子はカラム構造を形成してa軸方向に積層し、あるカラムとそれに隣接するカラム内の分子は約50゜で交差する杉綾模様を形成している。しかしながら水素結合系顔料でありながら結晶中には分子間水素結合が存在しないことが明らかとなった。このような結晶構造は水素結合系顔料としては初めてのものである。この特異な結晶構造と黒色を呈する理由を明らかにするために現在電子状態の検討を進めている。 また、チアジン-インジゴについては単結晶を用いた偏光反射スペクトルの測定の結果、遷移モーメントが水素結合方向(分子の短軸方向)ではなく分子の長軸方向を向いていることが分かった。ピロロピロールやキナクリドンなどの水素結合系顔料では通常遷移モーメントは水素結合の方向と一致している。しかしながらインジゴの場合は水素結合方向ではなくやはり分子の長軸方向を向いている。そのため、チアジン・インジゴの発色機構はインジゴの発色機構と類似していると結論される。さらに、最近接分子対による遷移モーメント間の相互作用を分子軌道計算の結果から推算したところ、分子面上での"head-to-tail"対に加えて、積層方向に位置する対角分子対の寄与によって固体状態で大きなスペクトルの長波長シフトが起こっていることが明らかとなった。
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