生体分子であるDNAの電気的性質の解明は、ナノ・バイオ両テクノロジー分野に跨る最重要課題の一つである。実験技術の急速な進展により、微視的な(数nmの)電荷移動については、量子トンネルおよび熱的ホッピングという二つのメカニズムで説明できることがわかった。しかし、より長い空間領域(μm程度)にわたる電気伝導特性については、一連の実験結果が相互に矛盾しており、大まかな理解さえ程遠いのが現状である。その伝導機構を理論的に調べるためには、有機分子特有の様々な非線形相互作用とその競合効果を取り扱う必要がある。すなわちDNA伝導機構の解明には、現存の手法を超えた新しい理論手法の開拓が鍵となる。 本研究の目的は、DNAに代表される低次元量子系の伝導特性を定量的に解析するための大規模量子計算アルゴリズムを開発し、DNA伝導機構に対する独自の多体理論を構築することにある。これを受けて本年度は、現実のDNA塩基配列を反映するポテンシャルランドスケープを数値的に再現し、そのポテンシャルの空間的乱れが系の電気伝導性に与える影響を、有限サイズスケーリングの手法により調べた。その結果、ポテンシャルの相関関数がべき乗則に従う場合に限り、一次元量子系はある臨界的乱れにおいて金属相から絶縁相への量子相転移を示すことが初めて明らかとなった。さらに、量子サイズの電気双極子モーメントを一次元的に配置した場合、その双極子間の分極相互作用の強さに応じて、系は新規な低エネルギー励起状態を示すことがわかった。今後はこれらの結果をもとに、格子歪みやイオンチャネル効果がDNA内部の電気伝導に与える影響を定量的に調べる予定である。
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