本研究で提唱したX線移相子は、ダイヤモンドのような完全結晶にX線が入射するときに回折条件の近傍で生じる複屈折を利用した光学素子である。移相量は回折条件の近傍で急激に変化し、回折条件から外れるに従い、なだらかに変化する。移相子として利用する場合は、回折条件から外れた領域が用いられる。これに対して、移相子をちょうど回折条件で用いれば、あらゆる楕円率を含んだ無偏光を生成することができる。 磁気カイラル効果を含む物性研究に盛んに用いられる3d遷移金属のK吸収端のエネルギー領域において評価した。評価のための光学系は、上流から、X線偏光子、X線偏光解消子、X線移相子(λ/4板)、X線検光子、の順に配置した。コバルト(7.7keV)のK吸収端近傍において、ほぼ100%の直線偏光を5%以下に解消することに成功した。 多波長異常分散法にはタンパク質中のイオウを重原子のセレンに置換したものが広く用いられている。ところが、セレンのK吸収端(12.7keV)はX線移相子が通常用いられるエネルギー(4〜9keV)よりも高い。そこで、先ず、このエネルギー領域のエリプソメトリー技術を確立した。検光子にはシリコンの733反射を用いることにより、消光比が10^4以上の高い精度でエリプソメトリーを行うことができた。X線移相子の移相能は高エネルギー領域になるほど小さくなるため、より厚いダイヤモンド結晶を用いる必要がある。上述のように、X線偏光解消子はちょうど回折条件で用いるため、透過率で有利になる薄いダイヤモンド結晶を使用することが可能と考えられる。そこで、セレンK吸収端で厚さの異なるダイヤモンド結晶(0.3mm・2.5mm)を用いて、X線偏光解消子としての機能をストークスパラメーターによって評価した。0.3mmのダイヤモンドは移相子としては機能しないが、偏光解消子としては十分に機能することが分かった。
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