研究概要 |
水素利用に関する研究開発が世界各国で活発化する中で,安全な水素利用社会実現のために本研究の重要性は益々高まっている.本研究では,水素陰極チャージを施した試験片を用いて,燃料電池システムへの使用が想定される各種ステンレス鋼の疲労強度に及ぼす水素の影響の解明を試みた. 1.陰極チャージ条件を様々に変化させた場合の試験片中の水素濃度,表面からの水素の侵入深さおよび水素の存在状態を昇温脱離分析(TDA)によって明らかにした.燃料電池システムへ向けへの使用が想定されているFCC構造を有するオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304,SUS316およびSUS316L)ではBCC構造のフェライト系のステンレス鋼に比べて水素の拡散が桁違いに小さく,水素チャージを2〜4週間施しても水素は材料表面から100μm〜200μm程度しか拡散しなかった.水素チャージを施した材料では,高圧水素ガス中に曝露した場合と同様,トラップエネルギーが小さい拡散性水素が増加した.このことから,高圧水素ガスに曝される実機部材の水素固溶状態は陰極チャージによって再現できているといえる. 2.陰極チャージにより水素チャージを施した試験片の疲労試験を行った.SUS304およびSUS316に水素チャージを施すと,き裂進展寿命が約半分に低下した.一方,SUS316LやSUS405(フェライト系)では水素チャージによるき裂進展の加速は見られなかった.き裂先端における塑性誘起マルテンサイト変態量を破面のX線回折により測定したところ,SUS304>SUS316>SUS316Lの順で大きいことから,オーステナイト系ステンレス鋼の水素によるき裂進展の加速には,き裂先端で生じるマルテンサイト変態が関与していると考えられる. 3.水素マイクロプリント法(HMT)により,水素チャージを施したSUS304の疲労試験中の水素の放出挙動を観察した.疲労き裂先端近傍では,周辺に比べて多くの水素の放出が観察された.このことから,き裂先端では水素の集積が起こっていると考えられる.また,繰返し塑性変形によりすべり帯が生じると,転位線に沿って水素の侵入・放出が容易になることも明らかになった.
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