本年度は、これまでに収集したハンビッジの著作を研究のためにテキストデータにした。特にマイクロフィルムからのラスターデータにノイズが多く、その除去に努めた。そしてハンビッジの著作を再構成し、古代ギリシア芸術の比例法についてのハンビッジの仮説が、同時代の数学史家T.HeathやG.Allmanの歴史認識の影響を受けていることを明らかにした。また19世紀後半から20世紀初頭におけるアメリカ美術の変動やアクロポリスの研究の状況など、ダイナミックシンメトリー理論(DS理論)が提唱された文化的背景について考察した。 次に、DS理論の影響を研究する一環として、日本において同埋論を取りあげた建築関係の論考(武田五一・村田治郎・服部勝吉・杉山信三・江山正美・瀧澤眞弓・藤島亥治郎などによる)について考察した。その結果、日本での同理論の受容の実態として以下のことが判明した。1923年に安井武雄がDS理論を論じて以来、同理論は海外の新理論として度々紹介、検討がなされたが、四天王寺や不審庵といった日本の空間との関係で論じられることもあった。しかも、同理論は日本建築のプロポーションの解析にとどまらず、日本の古代建築の作図法の推定や『作庭記』の読替などに援用された。以上は、DSが古代エジプトやギリシア、及びインドのみで使用されたとするハンビッジの主張に反するものであり、日本における同理論の展開の特質として位置づけられる。 また日本での論説の一部にDS理論に対する否定定的見解が見られるものの、1920年代のR・カーペーターやE・ブレイクによる論文のような客観的な批判論文は、これまでに収集した日本の論考にはない。
|